りむっくす通信

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りむっくすの人物像 と少しヘビーな過去話

どうも、相変わらずにゃんことコイキングばかりの毎日を過ごしております。

 

今日はゲームの話もあるかもですが、私自身の話をしようかなと思います。

初投稿のこちらの記事でも簡単にご紹介させて頂きました。

rimux.hateblo.jp

 

しかし、もう少し掘り下げてじっくりとお話させてください。

0歳から遡って話したいところですが、正直全く記憶にありません。生まれは私は1987年で今年30、妻は1個上で、どちらも昭和世代です(´∇`)

 

りむっくすの幼稚園期

  • 毎日友達と喧嘩して、毎日謝りに行く(アホ)
  • ウルトラマンが大好き(無類のタロウ押し)
  • 給食時間に苦手だったキャベツを食べてくれた女の子に初恋
  • 人見知りでシャイな性格

 

ウルトラマンは大好きでしたね、怪獣たちもたくさん買い集めてごっこ遊びに夢中でした。ゼットンが初めて出てきたの絶望感は異常でしたね( ゚д゚ )

幼稚園のことも改めて考えてみましたが、はっきりした記憶まではありませんでした。申し訳ございません!

 

りむっくすの小学生時代

  • 人見知りに更に磨きがかかる
  • バスケットクラブに入るが万年ベンチ
  • 64のスマブラに超ハマる(主にカービィ)

 

小学校に上がってからは、1クラス40人位の集団生活になりました。やっぱり案の定あんまり馴染めなかったですねー。人見知りでしたが、放課後友達とスマブラする事だけが楽しかったのを覚えています。もう小学生時代のこの時期は、私のこれまでの人生青春時代の8割方占めております、それ位、今の私りむっくすの核となる、大切な大切な時間です。小学生時代はとにかく楽しかった、という印象です。

 

りむっくす中学時代

  • 人見知りに加え、心に闇を宿す
  • 陸上部に入るも、2年の途中で退部
  • 学校の先生を極度に嫌い、塾の先生が大好きになる

 

私は小学生の時から、とても頭が悪かったので、2年になり塾に入りました。私は基本的にあまり学校の先生を信用出来ないタイプの子でした(´・ω・`)そうなったきっかけが、ある日の掃除時間です。

※ここからは、長くなりしんどいかもしれません。

 読みたい方だけ無理せずにどうぞ(;´∀`)

 

 

 

 「掃除時間の話」

 

正直言って、私はクラスにほぼ友達がいないタイプの子でした。ですので、掃除の時間は、割と黙々と掃除しており、特にそれが苦痛でもありませんでした。掃除は1グループ約5人、渡り廊下や下駄箱など各持ち場がグループ毎に割り当てられ清掃してました。その時、私は丁度階段を担当してました。

私と同じグループの連中は、ちょっとクラスでも不良タイプの仲良し3人組で、持ち場を離れ、終わり際の時間になったら戻ってくる、みたいなことを毎日繰り返してました。まあどこにでもいる子達だと思います。

でもその話を先生など周囲に漏らしたら、それが陰口のようになってしまうと嫌だし、その時はまあいいや、仕方ないか位に思って1人で掃除してました。

そんな日が6日間続いて、自分の中でやはり少しずつ少しずつしんどくなってきました。そして、ついにこう思った。「ここ、本来5人でもつ持ち場だよな。それを文句言わず1人で黙って掃除した。今日まで6日間はした。2.3日くらい何もせん権利くらいあるんじゃないか?でないと割に合わないだろ」そう思い、

掃除をやめました(/・ω・\)アチャー…

 

すると本当束の間、待ってましたと言わんばかりに、その日その時そのタイミングで担任の女教師がつかつか階段を上がってきました。「あっ!!」と。そこからは・・・説教の始まりですよ。まあ、そりゃ現にしてなかった俺が悪いんやし怒るわな、これは仕方ないか、うん仕方ない、と割り切ろうとしながらも、何か腑に落ちてない、と内心感じてました。すると説教がおわり「それで?他の子達どうしたの?」とイライラいうから、知らなかったので分かりませんというと、少しして3人組が戻ってきました。すると3人組はあちゃーやべみつかったみたいなノリで、担任は案の定あんた達こらーまちなさーい、みたいな、感じでしたね。ミサエがしんのすけにお尻しまいなさーいみたいな感じですよ。

その時、私は担任に違和感を感じました。この瞬間、私の中で学校に対する考えが大きくかわりました。その違和感を起こした行動は、こういうことだと思います。

  1. 3人は私の後に3人纏めて叱ったこと
  2. 3人の説教のトーンには、またいつもの事という口調が確かにあった

結果

→6日間複数人でサボる組に属した方が得をしてしまった。そして、それが許される風潮が出来上がったし、その風潮が出来るのを担任が助長した。要はサボり得だ。

そして3つ目

担任は勿論その時、私がサボった経緯を知らない。しかし仮に自分が担任の立場で階段を上がってきたとしてだ。自分ならそのときどう思っただろう?最初にその場にいない3人、4人はどうしたのか、と思うだろう。それが普段無口な生徒なら尚更不思議に思う。そして、それに至った経緯を不思議に思っただろう。

そして、また他の子達が掃除をサボったら先生に言うように、自分も注意して見ておくからと伝えるだろう。管理監督責任は本来自分の業務であり、その業務の一つの対価として、国民が給料を納めているのだから。

その後に、それでも掃除をしないことは良くないと正せばいい。その後に、敢えてその生徒の前で、もっとたちの悪い他の子達は、自分よりか厳しく指導されている、ということを間接的に示す。大袈裟かもしれないがそこまでしていいと思ったし、俺なら恐らくそうするだろうとその時思った。しかし、そこまでしなくてもいい。しなくてもいい。ただその逆はダメなんだよ、と思ってつらくなった。

 

この件で、私はこのことを考える度に胸が苦しくなった。3人に対して恨みはないのに、ただ担任の事だけは何か許せなかった。しばらくその事は自分の胸だけに抱え込んで過ごした。でも、やめた。ずっと悩み続けてふと思った。

 

ばからしい、なにこれ。

 

と。担任が生徒のことで思い悩む、これならわかる。なんで俺が担任の人間性に頭を抱える日々を送ってるんだと。可笑しい、これは本来逆であるべきだろ、とふと思った。

家族、親にだけは思ったこと、今日書いたことを勇気を出して洗いざらい話した。友達もいない自分でも、家族のことだけは本当に信頼していたから。

そしてその日以降、俺は中学に見切りをつけ、ちょこちょこ休んで、その間に塾でみっちり勉強する生活を始めた。この時、俺の中でもう半分、その件について腑に落ちていた。その半分の内訳はこうだ。

 

一つは何があっても家族だけは、自分たった一人になっても味方で居続けてくれるということ。ここは揺るぎないことを実感できた、ということだ。これがまず一番大きかったと思う。

もう一つは、

イジメにあっても結果を示して見返せばそれは勝ちだ、とよく言うが、そんなもんでもない。それでは、心の傷が消えないからだ。私はこの担任、いやこの人から「学べるもの」はもう何もないと、納得できた瞬間があった。その時、少し気持ちが軽くなった。仮にそれが犯罪者でさえ、私は人より秀でた学べるものはあり得る、と信じている。しかし、この担任からは、「学べるもの」はもう何もないと思った・思えたのだ。授業が塾の先生の方がうまいのは仕方ないことだろう。ただ塾講師はそれだけ熱を入れて試験科目、教え方を研究されてたのだなと客観的にそう思うだけだ。それで私は学校の教師を否定するつもりは一切ない。ただもしそれで、学校の先生から「勉学」という「学べるもの」を除いてしまったら、もう他に学べるものは人間性くらいしかないと思っていた。その人間性が、もし、…言い方は悪いがゴミならば、その時初めて自分にとって学べるものは何も無い、と断定できるんだと思った。

 

そして、俺自身も受験勉強に忙殺されそのことを忘れかけ、受験を控えた三者面談があったある日、母がその件を面談で担任に急にぶちまけた。そのときはさすがに、胸がいっぱいになった。俺以上に俺のことを心配し、悩み、今まで憤っていたことに、はっと気づいた。それでもこの時、担任は「驚いた!何も知らなかった、それならそう言ってくれれば良かったのに、でも一人だとしても掃除はしないと駄目だ」と繰り返していた。不思議と頭にこなかった。私はその場にいる二人の大人を見て、自分がなりたい大人と自分がなりたくない大人を、この場でこの目で目の当たりにして知ることができたからだ。

 

ただ話をぶり返すが、勿論俺にも掃除を1日サボっていた落ち度があった。その事実は消せない。消せないから私は謝るのだ。大嫌いな担任に頭を下げるのだ。その点は当初から謝っていたつもりだ。そして、改めて思った、担任は性格がいいとか、悪いとかではなかったのだと。これは純粋なタイプのあほだと。

 

もし仮にだ、担任の主張を通すなら最低限こうあるべきだ。自分の管理が行き届いていなかったこと、自分がずっと勘違い・決めつけをしていたことは本当に悪かったと思う、申し訳ない。ただ、そうだとしても  タラタラダラダラ

これを、それがたとえ心にもなくても言えるのが大人だと思った。正義か悪か、性格がいいか悪いかではない、それが大人が他人に「主張をする」ということだと思った。その時、自分の中で腑に落ちなかった残り半分を埋められた。

そして、その三者面談で担任からは志望校はその成績では絶対無理だ、と言われた。テストの点ではなく内心点が低かったからだ。先生に好かれる性格ではなかった。それも自分が悪いので仕方ない。しかしそんなことどうでもいい。私は志望高は変えず無理やり受験した。

もちろん結果は合格だった。担任に直接合格通知を渡しに行って突きつけたあの日、それは奇しくも中学時代最高の1日になってしまった。あの、おめでとうを言う担任の顔を忘れないだろうなと思う。こうして私の闇の中学時代は終わりました。

そして高校は超忙しかった、しかし超楽しかった!  完 (高校短い  笑)

 

 

以上!かなり重い話になりましたが、ここはどうしても話したかったんです。

イジメに悩んでいる人、人見知りで悩んでいる人は、物事を考える時に、その人が自分にとって損か得かを少しでも考えると、自分の身を救ってくれると思います。私はそれで乗り越えられました✧٩(ˊωˋ*)و✧

 

恐らくここまで読まれている時点で、私りむっくすは、皆さんの味方ですから。